ダンナ ヨメ




◆ダンナ

モドル

名前

濱屋統英(呆平のハマッチ)

担当楽器

アコースティック・ギター

好きな音楽

ビートルズ、'50〜'70年代の洋楽全般、
中村雅俊、日本のフォークなど

好きなもの

『俺たちの旅』、金田一耕助(石坂浩二)、
江戸川乱歩、じゃりン子チエ、ベルボトム、
ジャッキーチェン、自然、街灯


昨日までそして今日から


 16歳の時にNHK-FMの『クロス・オーバー・イレブン』でビートルズの『LOVE ME DO』を聴いて心臓が止まるくらいの衝動を受け、楽器を始める決心をするも受験のためギター購入を親に禁止され1年間を悶々として過ごす。
 そして、大学入学とともにようやく音楽生活をスタート。当初はギターの練習に明け暮れ、人前で演奏する機会がほとんどなかったが、後半2年間は月に1〜2度のペースでライブ活動を行なうようになる。
 卒業後はサラリーマンをしながら色んなバンドでギターを弾き続け、1995年にヨメと出会い、バンド結成。
 ところが、順調にバンド活動をしていた2004年、先天的な脳血管の病気『脳動静脈奇形』が発覚。数回に及ぶ開頭手術の過程で左半身麻痺となり、一時は歩行も不可能となるが、まわりの懸命の看護・応援でなんとか日常生活に支障がない程度まで回復する。
 しかし、ギターがまったく弾けなくなったため、病室にギターを持ち込みリハビリ開始。結局、入院生活は4ヶ月に及び、完治して退院するが翌2005年、バンドは解散。
 そこで、ヨメと2人で新たなバンドを組む決心をするもなかなか方向性が定まらない中、東京に住む友人A(バンド仲間)を訪ねて旧交を温める。
 帰阪後、その時の様子を書いたAのブログにいたく感動し、生まれて初めて作詞をする。
 そして、この詩が基になって『ともだちっていいもんだ』が誕生し、呆平が始まったとさ。


◆ヨメ

モドル

名前

ユキネー

担当楽器

アコーディオン

好きな音楽

Janet Klein、Tom Waits、
ラグタイム、ドビュッシー『月の光』 ほか

好きなもの

旅、食べること、古い家、木皿泉、炬燵 ほか


ユキネーと音楽


 出会いがコーラスグループという音楽好きの両親のもとに生まれ、3歳よりクラシックピアノを始める。
 ピアニストになりたかった母の夢を託され、厳しいピアノレッスンに音感教育など、スパルタ教育を約10年間受けるがかなりの落ちこぼれ生徒であった。
(ちなみに子供の頃、1日2時間の練習が嫌で逃げ回っていた私は、母に足を掴まれピアノの前まで引きずって行かれたこともあった)
 高校受験を機にレッスンは辞めたが、この頃からかえって自主的にピアノを弾くようになる。雑誌『明星』や『GB』の付録歌本のコードに合わせて歌謡曲やポップスを弾き語ることに夢中になり、知らない曲は勝手にメロディを作りながら1ページ目から全曲コピーしていた。
 大学時代にバンドを結成し、PRINCESS PRINCESSやPEARLのカバーを唄う。2回生の時に今西太一氏と出会い、打上げの席でベロベロの太一氏より「オリジナル作らなアカンでぇ〜」との貴重な言葉を頂く。これをきっかけに精力的にオリジナル曲を作り、その活動は卒業後も続く。
 1993年(?)頃、バンドと並行してピアノ弾き語りを始める。主にCarol KingやRickie Lee Jonesなどの女性シンガーソングライターの曲を中心に、茨木のバーなどでライブを行なう。
 1995年12月、折りしも仕事を辞め、恋にも破れ、ギャルバンドの活動にも疲れを感じていた頃、ダンナと出会う。そのまま、1コードのみで2時間セッションから始まる、未知の領域であるバンド『MATINEE』に放り込まれる。
 MATINEEでの約10年間の活動の後、ともだちが作った『呆平』という言葉にパワーをもらって、2005年10月、夫婦ユニット『呆平』を始める。

 2008年7月に呆平Jr.を出産。現在育児中。